息子(2歳)とすべりだい
息子の滑り台ブームは1歳から継続中。
暖かくなり、花粉の猛威に耐えながらも週末の晴れた日は近郊の公園をハシゴしています。
息子は2歳児
身の丈にあった滑り台というとシンプルでコンパクトなタイプ。
こんな感じの。
まあでももう1年以上、人生の半分以上滑り台ブームな訳なのでこういうのじゃ物足りなくなってくる。
息子はこういうのを滑りたい。一人で。
しかし滑り台がランクアップされるとその滑り台の滑り口に到達するまでの道程が二歳児にとっては大変えげつなかったりする。
階段一切無し!ハシゴ!ロープ網!金網!丸太!揺れすぎる吊り橋!
でも息子はとにかく滑りたい。
ほかの子供(っても息子とダブルスコアくらい年上)がさくさく滑り口に到達しているのをみて「出来る!」って思うらしく
場所によっては初回は親が手をつないだりサポートする訳ですが、
2回目以降は「ジジンブ!(自分一人で行かせてください)」と言って一切のサポートを拒否。
全ては滑り台のため…
こういった類いは初回から一人。親は上で下でヒヤヒヤしています。詰むと「オリレナイ!」と叫び回収するはめに。度々こういう事はあって、回収した後「ムリダッター」と別ルートを探しに行く。
そんな滑り台に心奪われている息子を1年みてきて「これ、家に滑り台置いといたほうがいいんじゃないか?」と思ったりするのだが
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こんなん。
と考えているが・・自分自身あまりこういうの置きたくないし(数年経てば使わなくなるし処分とか面倒だし)
まあ今は親の足で満足してるからいいか・・。
家で「すべりだいやる!」と言い出したらコレのことである。
兼業主婦と瀧
冷蔵庫に貼ってある。「勝手に開けると、今は笑ってるけど夜怒った顔で寝室にやってくるよ」と息子に言ってる。
瀧の一件について、連日の報道もおさまってきたし・・?
速報の翌朝は「まあ訃報じゃないだけマシか・・」と思ったり、長い事連絡してない友達から連絡がきてちょっと嬉しかったりしたのだが、
続報出たり情けない瀧の姿が映る度に
「まじなんだよなー」と傷がどんどん深くなっていくような気がしていた。
なんとも言えないわびしい気持ちになったことはあるかい?
このことを言うのかなあ。
全ての人のコメントを見たり聞いたりした訳じゃないけど、ミッツマングローブと武井壮のコメントは「まさに。」という感じであの人のコメントは最近の的外れ感と着地点の決めなさ加減が顕著に出たコメントだと思った。単にドーピングって言いたいだけだったのかな。
私がユラユラしながら感じている自分のボキャブラリーでは表せなかった「なんとも言えないわびしい気持ち」の殆どは榛原さんが書かれていた。
うん、ほんと、だせえ。
それなのよ。
ちなみに私は中高生時代ファンクラブに加入していたほど電気が好きでね。
過去にこんな記事も
雑誌の記事は切り抜きファイルに。15歳の誕生日プレゼントはPARKING。コンビニのコピー機を駆使して作った電気の便せんで授業中姉や友達に手紙を書いたり。
同級生たちが当時ビジュアル系やジャニーズJr.に嵌るように私は電気グルーヴに嵌ってた。電気の3人(当時はまりんもいた)が大好きだった。
まりんが脱退を発表した翌日に部活の試合会場に向かうバスの中で号泣したりもした
二人になってVOXXって超キレキレなアルバム出して、活動休止してちょっと自分も電気熱が落ち着いて今に至るが、継続して今もなお好きな電気。
昔電気に見向きもしなかった人が「電気っていいよね」と言ってくれたり「ピエール瀧ってよく見るよね、好きだったよね」と言ってくれる事が妙に誇らしかったりしたもんだ。
卓球のソロもまりんのソロも好きだけど基本は電気グルーヴが好き。瀧の俳優業も観た映画に出てたくらいで別で考えてた。オラフやってTDLのパレードで馬車乗ってるの見たのはビビったけど。
(ちなみに俳優業の瀧は百万円と苦虫女が好きだ)
青春時代の「好き」がコノザマ。
がっかりとか、呆れたとか、裏切られたとか、そんなんじゃない。ださい。
あのギリギリのキャラで成り立っていたのに、どうすんの?
やめてた時期があったとか凄く切ない気持ちにさせるのもださい。
いだてんの代役、三宅弘城だって。いいね。顔が四角いし。
なんだかね、もうね、どうなるんだろうね。電気はこれから。
解散は絶交するとき、どちらかが死ぬとか。
なんて言ってたから安心しきっていた。どうすんの、もう。
あ
あと夫。
夫の好きな音楽から電気は完全に離れている。
「なにやってんのか分かんない」という理由だけで電気は勿論サカナクションもクラフトワークもダフトパンクも聴かない弦楽器配線エフェクター大好き人。
世代的にも
瀧と言ったら9mmの滝だし
ピエールと言ったら中野の方
なのでフェスで一緒に電気見た時も割と盛り上がってるエリアで狂う私の5歩くらい後方、私の荷物持ちながら棒立ちしてた夫。
だけどしょんないTVで夫が溺愛する女子アナと瀧が共演する事で夫にとって瀧が「何やってるか分からない人」から「好きな女子アナを好き勝手弄る司会者」という謎のランクアップをした。毎週夫がしょんないTVを見る事(私は夫ほど見てない)で夫婦共通の瀧認識が出来て私は嬉しかったんだよなあ。
が、結局今回の件でその溺愛女子アナが夕方の生放送で泣く事態になり、今までの瀧に対する嫉妬も踏まえて「家のCD全部叩き割ってやる、メロン牧場も全部燃やす」と言われた。さすがに実行されてないけど。
うちの夫婦仲も微妙にさせやがって瀧め。
まあ、ほんとだせえ。
兼業主婦とロンドンで荷物乳びたし事件
事件の概要
ちゃんと断乳せず出張に出かけたら到着したロンドンのホテルで全裸になった瞬間勢いよく母乳が吹き出して丁寧にパッキングした荷物が乳びたしになる。
事件直前。滞在したホテル近くのスーパーにて。このあと間違えてユーロ札を入れてパニックになる。
何故出張までに断乳を完遂できなかったのか。
息子入院・引っ越し準備に加えて出張までの仕事の調整、出張そのものの準備をしている中で「息子の乳離れ、乳無し寝かしつけ」は恥ずかしながら全くやる気がおきなかった。穏やかに毎日寝たかった
予見の有無
母乳が吹き出すほど自身が生産している自覚は無し。
ただ張るくらいはするだろうとイブプロフェン配合の頭痛薬と冷えピタは持参した。あとセージ茶飲んだり。
予兆の有無
フライト中。到着前最後のトイレ時に胸が張ってるなと思い冷えピタを貼付し念のため頭痛薬も服用
何故全裸だったのか
一人でのホテル滞在時は国内外問わず全裸で過ごすため。
トランクに身につけているものをしまい、これから身につけるものだけを出す。一時期ホテルに忘れ物を連発しておりその打開策として20代前半頃より開始
事件発生時の心境
母乳が吹き出している事に気付くのが遅く、荷物が濡れているのが雨漏りのせいではないのかと天井を見ていた。
吹き出ている母乳がビニール袋にあたる音で気付く
事件後の対応
海外出張中は予定外の生理になりやすいため、持参していたナプキンで対応。
ただ生理にもなってしまい現地で挿入タイプを補充
日本のものよりも太くて安心。上にはナプキン、下にはタンポンという誰にも言いたくないスタイルで数日過ごす。
乳の経過
母乳の吹き出しは2日で治まったが、張りは10日間の出張の間徐々にひいていく感じ。頭痛薬か冷えピタのおかげかしんどいことは無かった。
帰国後は久しぶりのペチャパイ。
この時は吹き出している。
この時は多少張ってた。
この時はほとんどペチャパイ。
息子との関係
帰国後、一度せがまれたが拒否したらそれから半年経つ現在も要求は無し。入浴時にたまに掴まれる程度
まあね、直後は夜泣きやら荒れてました。Tシャツは土産。多分日本でも容易く買える。
所感
乳腺炎になり業務に支障が出るとかなくて良かった。同行の上司(男性)に報告しなくてはならない事態にならなくてよかった。
断乳は早いうちにやっとくもんだと痛感した。
今思えば出張があったから断乳が出来たと思うし、状況を考えると出張という強制母子引き離し期間があってお互いまあまあ穏やかに断乳に臨めた感がある。
意思疎通ができたら徐々に・・なんて気楽に考えていたが現在の息子の状況からして、私の甘さもあるだろうけど絶対心身ダメージやばそうだと思った。新居引っ越しもあったし。
とにかく断乳できてよかったです。ご機嫌ペチャパイ。
兼業主婦と息子の恐怖体験
一先ず関係ない写真を貼っておこう・・。
えーっと、前にも書きましたが色々あって現在実母と縁切り状態です。
先日姉と息子の3人で従姉に会ってきた。
実母がいつ暴走するか分からないので、母方の従姉とは連絡を取っている状態。
と、いうのも実母家のラスボス祖父と祖母がここ数年で亡くなり祖父母の家を解体するので最後に見に来る?と誘われたから。
一応小さい頃は遊びにいったり泊まりにいったりしてたから多少なりとも思い出が。あと従姉は息子に会いたがっていたので顔見せも兼ねて。
祖父はかなりの資産持ちだった。
もともとお金持ち育ちではなく、学校の先生をやってたらしいが脱サラして農業を始めたんだけど株も初めてそれで大儲けした事がきっかけで不動産やら色々やってたらしい。
だから祖父母の家はアホみたいに広くて、ザ・日本家屋、庭もザ・日本庭園、獅子脅しとか平気であった。玄関なんか父と姉が住む(私も結婚前に住んでた)実家を置けるだろうくらい広かった。まあね、今思うとすんごいセンスが悪い。ザ・成金。
ただ祖父はお金儲けスキルは凄かったかもしれないけど、典型的な成金体質に加え膿家脳、長男教だったからか平和でごく普通の家庭を築くスキルは無いに等しかった。
娘の実母は祖父の影響で狂ってるし、唯一まともだったと思う実母の姉は若くして亡くなり(それが祖父の暴走に拍車をかける)従兄はお付き合いする女性をことごとく否定されてたから一人暮らしを始めひっそりと愛を育み祖父母が亡くなってからの超晩婚。
祖母も暴力を振るわれていたらしいから、祖父の葬式では精進料理をおかわりするくらい食べていて元気だったけど2年後に入院、危篤の状態が数ヶ月続き「おばあちゃん頑なにおじいちゃんとこに行きたくないんだな・・」って言われていた。
祖父はきっとこの大きなお屋敷で孫やひ孫に囲まれて過ごしたかっただろうに、晩年はほとんどを祖母と二人きりで過ごし、住む人がいなくなった大きなお屋敷はとうとう取り壊される事になりました。
さて長い前置きでしたが本題に。
従姉に息子の顔見せを果たし、さあお屋敷の最後を見よう!って祖父母の家に入った瞬間
息子の表情がこわばる。
そしてギャン泣き。
もう手が付けられないくらいに泣きましてね。
生まれて初めて「ブーブー乗る!(車に乗せろ)」とせがみ
車に乗せると「カチャン!カチャンする!(チャイルドシートのベルトをしめてくれ)」と降車拒否
しょうがないので少しドライブしたら、みるみるご機嫌になったのでまた戻ったら
号泣。
上記の繰り返し
もうこれは
祖父がいるんだな・・・
と思い、その後祖父母宅の隣に建てた従兄の新居でお茶する予定だったが帰る事にしました。従姉が「私が怖いのかな」と心配してたけど従姉にはニコニコしてバイバイしてた。
とりあえず帰り道、公園に寄り遊ばせると、元のご機嫌な息子に戻る。
私は息子に聞いてみる。
私「ねえねえ、さっきのお家でなんで泣けちゃったの?」
息子「・・・・・・・」
私「遊びたかった?」
息子「・・・・・・・」
私「怖かった?」
息子「・・・・・・・(コクリ)。」
ヒィィィィィィィィッ!!!!!!!!なにがあああああああああああ!!!!!!!
となり、夜泣き、っていうか夜驚が復活したらどうしよおおおおおおおおおおおお!
と戦慄を感じましたが、いつも通りの就寝で。
ただ・・・・
すごい
便秘気味
になってます。
ってこれは祖父効果ではないか・・・。
じいじよ、色々言いたいことあるけどとりあえず成仏してくれ。
兼業主婦とやりたいことのその後
穴のあいたTシャツを修繕しました。
秋に息子が近所の行きつけの犬に好かれすぎて、息子も思わせぶりな態度をとったため犬が息子を離さなくなり着ていたTシャツを脱がせたという曰く付きのTシャツ。
たかがUTだけどかわいい奴なので悔しくて修繕。
他にも保育園用のズボンの修繕もしている。
こうやってみると更に愛着が湧く一方、「すんげーモンペっぽい・・・」と若干引いてる自分もいる。
ネイルの方も順調にやっている。
とにかく面倒じゃなくて安くてどこでも売ってるようなやつ!と探して行き着いたのがこれ。
入門編にはもってこいじゃないでしょうか。凝った事も今は興味が無いし出来ないし単色さっと塗ってアクセントでシールつけておしまい。
シールは100均(特にセリア)が熱い!だがキラキラしたいわゆる女子っぽいのが苦手でなのでネットでババアでも大丈夫そうなのを探している・・。
子供の頃、シール集めが趣味だった感覚がカムバック中。
剥がれても塗り直せば良いし・・
しかし、セルフネイル経験のある同僚に聞くと「結局サロンに行き着く・・」とのこと。
そりゃプロには敵わないよね。
ひとまず母としての自分探しは順調な滑り出しです。
家が建った。(家をたてる007)
結果。家建ちました。
5月に地鎮祭、6月に上棟、9月に引き渡し。
天候に恵まれたので予定よりも早く出来上がって、夫の引っ越したい欲が強まりすぎて当初11月引っ越し完了予定が9月中には新居に転居。
振り返って思うのは「人生最大の衝動買いだったな・・」ってこと。
家欲しい!ってなって10ヶ月で建てて引っ越してるんだもんなあ。
もっとのんびりやるもんだと思ってたよ。
8月まで週1回、2時間弱の打ち合わせ。
担当の建築士とコーディネーターと営業で打ち合わせ。建築士の方は私と同年代の女性で好みも似ていて良かった。コーディネーターの方も私たち夫婦が全く考えてもない隙をセンス良くまとめてくださって、はじめは「??」と思うことも家が建って住んでみて「こういうことだったのか!」ってますます有り難みが高まったり。
漠然と
家建てたい。
黒くて四角い家。
草が生えない外構。
というスタートから始まりとりあえず希望通りの家ができました。
出来てからはとにかく夫の引っ越したい気持ちがやばすぎて、そういった手続き的なものはすべて夫に任せた。というか勝手に進めてた。
夫のスピードについていけず、それでもやってくれているのでとりあえずついていく事はした。新居の引き渡しの日、私はロンドンにいました。
新居に暮らし始めて1ヶ月すぎ、一度前暮らしていたアパートに帰っちゃった日もあっが、もう、日常。
まさか家を建てちゃうなんてなあ。
息子もすぐ慣れました。
ということで、スピーディーすぎてこれから家を建てる人、建てたい人にアドバイスとか偉そうに言えるような情報はありません!!!!
でもひとついえる事としたら
決定権持ってる立場なら悩んだら解決するまでストップ!かなあ。
大きなお買い物だし、人生も左右しますからね。
気楽な性格でサクッと決められるならいいけど、迷ってるならとことん迷ったほうがいいし、色んなひとに意見を聞くのもいいし。
建てたら建てたで
ローン組んだら組んだで
買ったら買ったで
確定
申告
とか
年末
調整
っていう面倒なこともあったりしますが
手に入る「なんだか重要そうな書類」を一先ず捨てずにひとまとめにしとけば大丈夫!
貰った相手から、これは今後のメンドクサイ事に必要になる書類か聞いておけば更に安心!足りない書類があったとしても法務局とか行けば大丈夫!という事にしておきましょうか。
兼業主婦とやりたい事
ここをまた2ヶ月ほど放置した。
下書きは書いては消して溜まっては消してを繰り返していて正確にはそんな放置してない。(言い訳)
母になり、職場復帰もし、とにかく日々やら無きゃいけない事を優先的にやって生きていると、
やりたい事の優先順位
断トツ一位は睡眠
になってしまい
なんだかそればっかりもいやだなあなんて思っていた。
夫はギター練習継続中。ライトな防音の部屋も作ったんだからリビングじゃなくてそこで練習しろ。
じゃあ私は今何がしたいんだ?と考えると
出産前まで欲に任せてしていた事と言えば映画鑑賞@映画館。
年間100本は観ていた年もある私だが出産後映画館へ足を運んだのは3回・・?くらい。もうね、ここ数年は諦めた。絶対観たい監督作品だけは見に行くようにしたいとこ。
先日は塚本晋也監督の斬、を観に行きました。
映画もそうだけどライブとか外に出る事が自由に出来なくなってきて、じゃあ家で出来て子供がいても少しずつできる事ってなんだろうと考えて
化粧品とか洋服みたいな継続して気を使ってることもあるけどそれは長年の生活の一部だし・・と考えて始めようとしてるのは
「刺繍(ソーイング、ミシン使用が最終目的)」
と
「セルフネイル」
どっちもいままで「やりたいけどやらずに生きてきた」代表で、縫い物は今後子育てをしていく上で避けられない状態になりそうだから。ネイルは昔やってたけどせっかちすぎて乾く時間が待てず崩れると一気にやる気をなくしてた、今ならジェルとかシールとかなんとかなりそうだから。あとサロンに通ってた時は爪先が丸くなるのと気を使って掻くクセが軽減し肌の調子が良かったことがあったから。
息子がいる家でどこまで出来るかだけど。
時間が足りないくらいから始めれば少しは長く継続できるかな、と。
とりあえず年明けからダーニングの刺繍始めたり(息子の穴空きズボンが勿体なくて捨てられなくて)、セルフネイル用品を一先ず格安で揃えて始めている(続くか分からないから高いの買えない小心者)
とりあえずネイルはテンション落ちないようにしなきゃ・・。